宵待ち蛍


 − 浮き立つ気持ち −

……早く来過ぎちゃったかな?

宵闇がせまり来る夕暮れ時の静かな街、その街の少し外れに位置する広さ35haもある大きな公園の正面入り口の広場に優斗は居た。
園内に設置されていた時計の時刻をチラリと見上げ、優斗は小さなため息を付つく。

何もする事がなくて妙に手持ちぶさただ、早くあの人がここに来てくれれば良いのに。

待ち合わせとは不思議な物だ、今か、今かと誰かが来るのを待つ、嬉しいようなそれでいて何となく不安も付きまとい顔を見るまでは落ち着かない、その相手が 好きな人なら尚更……。



『蛍を見に行くか……』

突然そう切り出したのは確か、内藤の方だ。
聞けば彼の住んでいるY市のA地区では、近隣の区内に点在する大きな自然公園の中で、緑化運動の一環として昔から蛍の生息に力を注いでいるらしく、小さな 清流の流れる公園内の湿地帯では毎年6月の始め頃になると、光が強く体も大きな源氏蛍、それの盛りを過ぎたころからは体は若干小さめで、光の強さも控えめ な平家蛍が姿を現し、夏の終り頃まで夜に舞う淡く幻想的な光で公園に来た人たちの目を楽しませてくれる蛍の飛ぶ公園として割りと有名な場所なのだそうだ。

内藤は優斗が通っていた高校で生物を教えている高校教師だ、優斗と内藤はその頃から生徒と教師の枠を超えた付き合いがあった、付き合っていたと言っても当 時は内藤の気まぐれに優斗が振り回されていた感が強かったから、卒業と同時に離れればそれで終りだと優斗の方では諦めていたのだけれど、内藤の方から連絡 をとってくれた事で再会を果たし、時々またこんな風に二人で会うようになったのだ。

今までは二人っきりで会うと言っても、一人暮らしをしている内藤のマンションに優斗が訪ねて行くのが常で、こんな風に時間と場所を決め外で逢うのは初めて の事だったから切欠が何であれ優斗にとっては嬉しい事だ。 だからどんなに普通にしていようと思っていても自然と浮き足立ってしまう気持ちを抑えられなくて、 待ち合わせの時間に待ちきれなくて早めにうちを出てきたため指定の時間よりずっと早くここについてしまった。

それでもこれはちょっとやりすぎだったろうかと優斗は自分の格好を見てなんとはなしに頬を赤らめた。

 祭りでもないのに、浴衣なんて……。
 闇が深くなるに連れて増えてくる人の波の中にも自分と同じ格好の者は見当たらない、だから余計に失敗したなと思うのだ。
 なんだか、気合が入っているな、とあの人にからかわれてしまいそうだ……。


 ふと―― 竜也(たつや)と、彼の名を小さく口 の中で転がしてみる、

 彼は優斗にとって、少し意地悪な年上の恋人……。

 恋人、とそこまで考えた優斗は、自分の考えにまたなぜか赤面する。

 恋人同士だと思うのは先走りすぎた考えではないかと思ったからだ。学校を卒業した後連絡をくれたのは確かに内藤の方だ、だけれども、やはり内藤は優斗に特 に何も言ってくれた事がないし、二人で一緒にいても殆ど態度に変化の無い人なものだから、優斗にしてみたらやきもきしているのは自分だけで内藤にとっては やはり自分はただの暇つぶしくらいにしか考えていないのではないかと、そんな風にも思えてならなくていつも不安になる。



 内藤と自分の関係がこんな風に変化したのはいつの頃だっただろう?

 高校に入学したての入学式の日、壇上で一人一人紹介される教師の中に内藤もいた、背が高く綺麗な顔立ちに、少し冷たい感じのする双眸、優斗達新入生の中で 語られる内藤の第一印象は確か押し並べてそんな物だったと記憶している。何を考えているかわから無さそうだという奴も居た、その中で優斗は皆と若干意見が 違った、彼の瞳はきれいだとそう思ったのだ、その整った顔立ちによく似合っていると……。普段、授業ではあまり着用しないだろうスーツを着ると、どことな く野暮ったい風に映る他の教師の中に居て、尚更彼のその美貌は際立っていた。

 だからなのかいつも目が行って、しかもなぜかよく目が合った、それも、授業中の教室で、ではなくそれ以外の時にだ。
 よく目が合うから自然と気になり始めた、気になるから授業も頑張って成績も上げた、褒められれば当然有頂天になった……。
気に入られたい認めてもらいたいと言う強い欲求……。それが、恋だと気づくにそう時間はかからなかった。
 想いが高じて告白をしたのは自分の方だ。

 ダメ元、先生と生徒だったし、それ以上に男同士だったし……。

 だからその想いを以外とすんなり内藤に受け入れてもらえて、優斗は酷く驚いたのだ、でもそれも卒業までだと思っていた、自分の相手をしてくれるのは内藤の ほんの気まぐれで、相手をしてくれるだけでも本望だと……だからこんな風に卒業してから内藤が自分に連絡をくれた事も、また付き合う事が出来る事すらもま だなんとなく信じられなくて、今でも時々こうやって二人で合えることも嘘ではないかとさえ思ってしまう。

 そんな事をつらつらと考えていたら、突然背後から肩を叩かれ優斗は飛び上がらんばかりに驚いた、振り返るとすこし呆れがちな内藤の笑顔を視界の端に止め、 とたんに恥ずかしくなり俯いてしまった

 「早かったんだな」
 「う、うん……」
 嬉しくて……と言いかけた言葉を優斗は口の中に飲み込んだ、子供でもあるまいにと一笑されそうだったから。
 それでも、内藤が自分と同じように浴衣を着ているのを見て自然と口元が綻んだ。学校で見慣れていた白衣とも違う、内藤の部屋で会うときの普段着のラフな格 好とも違う、自分の知らなかった彼の一面。

 それが例え外見だけの変化だとしても一緒に居るからこそ見つけられる事があるのはやはり嬉しい、側を通り過ぎる女性達の視線が内藤の姿を追っているのを見 ると更に、些細な優越感さえ感じてしまう。それが自分にも注がれているのだとは優斗自信は気づきもしていないのだろうけれど。

 「暗くなると足元が見えづらくて危ないから今の内に移動するか」
そういって促されるまま歩いていた優斗はふと足を止めた。それに気づいた内藤が訝しげな表情(か お)をして振り返る。

 「こっちだと逆なんじゃないの?」
 人の流れに逆らうような感じで歩を進める内藤の行動に沸いてきた素朴な疑問。

 「正面の方は入り口から近くて便利だけどその分人も多くて落ち着いて見られない……」
 だからこっちがいいのだと内藤はそう言って優斗を促す、やけに詳しいなと一瞬思いはするものの、特に他意は感じられず、そんな物なのかなと優斗は素直にそ れに従った。

 「そろそろかな……」
 と内藤が呟くように言い、ほらと闇夜を指差した。
 夜の木陰に浮ぶ淡い光、それはふわりと浮び、一時の間流れるように闇を漂ってまたふっと消える、宵闇を待ちかねたようにその淡い光はあちこちで姿を現して はまた消えるを繰り返している、そのたびにあちこちで歓声が上がる。

「……へぇ……すごい、綺麗だね先生!」
 宵闇に飛ぶ蛍、今までに見た事があっただろうか、記憶には無い、小さな頃親に連れてきてもらった事があったかもしれないけど忘れてしまった、始めてみるよ うで嬉しくて優斗は弾みがちの声を上げた、多分一緒に側に居てくれるのが内藤(このひと)だ から余計嬉しいのかもしれないけれど。

 すごい、すごいと無邪気にはしゃぐ優斗の躯を引き寄せた強い腕、そのまま唇を塞がれて……。

 それが余りにも突然だったから優斗は思わず懇親の力でそれを突っぱねてしまった。
 「優斗!?」
 拒絶の意味が判らないと言いたげな内藤は眉間にしわすら寄せている。
 「だ、だってこんな所で……」
 いくら暗闇とは言え側には沢山人も居るのに
 冗談はやめてよ……、そういいたかったけど何となく言えなかった。



 「優斗、こんなに側に居るのにそれでも俺に我慢しろなんて……それ本気でいってる?」
 そう言って、思いのほか真摯な眼差しで見つめられて軽く息を呑んだ、急に恥ずかしくなりどぎまぎと視線を彷徨わせる、胸の鼓動が早くなる
 「え?我慢……してるの?先生が?」

 意外な一言だった思っても見ない言葉だった、それが恥ずかしくておどけた調子でそう返す優斗を見て内藤は苦笑いにも似たちいさな笑みを零した。

 「俺が、どれだけ我慢しているか、昔からお前は全然気づいていなかったよな」
 我慢していた?この人が?

 一瞬耳を疑った、とてもそんな風には見えなかったから、10ほども年上の内藤はいつもとても冷静で、熱くなるのは自分の方で彼はこちらを見下しているよう にも見えたのに……。

 今日の内藤にはなんだか驚かされてばかりだ……。嘘でも自分に対してこんな軽口を叩く人だとは思っても見なかった。

 でも……。と優斗はそれを打ち消してみる
 本当にそうだったのだろうかと。

 今までに自分が見ていたのは、彼の姿のほんの一部分に過ぎなくて、そこから受ける先入観で内藤の事を自分で勝手に判断し、彼の事を本当に知ろうとしなかっ たのは自分の方では無かっただろうか……?
 
 見ためや人の言葉だけに惑わされて、自分からは何も聞こうとはしなかった、それどころか、聞く前に無理だろうと諦めていた―― だから何も気づかなかっただけだけ。


 まるで彷徨っていた意識をこちらに呼び戻すみたいに耳に軽く歯を立てられ優斗の躯がその刺激に敏感に反応する。

 「……やっ……せん、せっ……」
 濡れた舌先はそのまま耳殻を辿り耳孔を舌先で嬲られる、細くて綺麗な指が浴衣の合わせから潜り込んで肌をくすぐる。すぐ側を人が通っているというのに内藤 の行動は大胆で優斗は刺激され出そうになる声を必死で堪えねばならなかった。必死で堪えようとするから尚更、その舌先や指を意識する。

 意地悪な先生、でも好き――  例えこの人が自分の事をどう思っていたとしても、この気持ちはきっと変わらない、そう思ってあの日自分から告白したはずなのに、いつの間にそれを忘れてい たんだろう……?

 「優斗……」
 鼓膜を優しくくすぐる低めのバリトン
 
 「……もう、先生じゃないだろ……?」

 少し意地悪でそれでいてとてつもなく甘い囁き。
 教師と生徒で居た頃には、「先生」としか呼ばせてくれなかったから、その時の癖が抜け切れなくて卒業して逢うようになってからも度々内藤の事をそう呼んで しまうのだ。それでも今までは強いてそれを訂正などされなかったのに……。

 『好きだよ』とまた耳元で優しく囁かれて優斗の体が小さく跳ねる。

 その一言で体温が数度上がった、こんな時にその声で、そんな大事な事を言い出さないで欲しい、大好きなその声音で囁かれる告白の何と甘美なことか……もし も、今の言葉が、この場限りの嘘だったとしても、それだけで優斗の心はトロリと蕩け躯が抗う事を拒否してしまう。


 僕も好きだよ、先生……。

 胸に点る暖かで小さな光、今はまだ蛍の光ほどの儚さでしかないかも知れないけれど、それを大きくしていくのは自分だから。

 好きだよ、先生これからもずっとずっと……一人だけ。

 優斗からのその告白は音にはならず、既にお見通しだよと言わんばかりの熱い抱擁に飲み込まれていった。


isako様よりキリリクイラスト頂きました

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今回のリクエストは和服です、 シュチュエーションは特に指定しては無いのですが、この和服の乱れた感じは私のリクです、受けの年齢は19〜20歳、攻めの年齢はそれよりも10歳くらい 上で……とか、恥らいつつ感じてるなど、かなり細かく表情まで指定させていただいたのですが、う、ふ、ふ〜(←危!)頂いたイラストを見ていたら以前 isako様のほうからリクしていただいて私が書いた「青の雫」の二人が浮んできたのでこの二人の再登場となりました、えへ♪

蛍はどこ?と言う突っ込みは無しでお願いします(笑)

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