そして、それから……2

この日から俺は遠野を静かに見ていた。その姿を見かけるたびに手に入れたいと思うのに、それすらも出来ない自分に歯噛みしながら。
片山は相変わらず遠野といっしょにいた。それなのに遠野はあの張り付いた笑顔を浮かべている。
片山、お前気が付かないのか。遠野の心を。どうしてお前といるのにあんな笑顔を見せているんだ。

俺の疑問が大きく膨らむ。

あれから遠野は俺を避けているようだった。それが答えなら仕方がない。俺はそう自分に言い聞かせた。どだい俺に男同士の恋愛なんて向いてないんだ。もとか らそんなケは無いし、遠野以外他の男をみたところで、なにも感じない。実のところ潜在的にそっちが自分なのかと思ってそういう店にも行ってみた。

たまたま知り合いにゲイの喫茶店のマスターがいた。今までは話しを聞くだけで、特にどうってことはなかったが、遠野のことがあってから何かと相談に乗って もらっていた。そのマスターも俺は別にノーマルに思えると言う。頼み込んでそういう輩の集まる店にも連れて行ってもらい、これが男かと思えるほど綺麗な男 もみた。でも別段自分の気持ちがざわつくこともなく、やっぱりノーマルなんだ。とマスターに言われた。

そのこだから好きになったのよ。とマスターがポロリと言った。羨ましいとも呟いた。自分がノーマルなのにゲイの子を好きになるってうまくいかないのよ。

その反対もそう。どっちかが相手の気持がおもくなっちゃったり、社会的な認識のズレとかあったりでね。
とも言っていた。

そうかもしれない。

世間的に容認されてない性志向。男にしか感じないゲイ同士なら同じところで感じる痛みも、片方がノーマルな男ならその相手のゲイは自分にはない女という性 も敵になる。
嫉妬の対象が広がるのだ。そしてそれはどうにもならない部分の嫉妬に身を焦がす事になる。
でもわかっているが遠野を好きな気持は止められなかった。

この時、俺は片山も隠しているがゲイだったのかと思っていた。

遠野と最後に話をしてから一月がたった。その日俺は外回りから一旦帰社して、取引先から頼まれた過去に収めた商品の見本台帳を探しに地下の資料室へと降り ていった。薄暗い廊下を歩いていた。

『ウッ、グッ・・・』
微かにうめき声が聞こえた。
いや空耳かと思ったとき、その声はたしかに資料室から漏れてきた。

俺はそっと資料室の扉を開けた。
音のならないようにそっ、そしてそこに人影を見つけてどきっとした。廊下側のすりガラスの窓を通して薄暗い照明がその人影を照らしていた。

そこにいたのは遠野だった。そしてその遠野に跨っていたのは片山だった。
俺の心臓は一瞬凍りついた。自分の鼓動が耳の中にこだまするようだった。そのまま何も見なかったことにして回れ右しようとした俺はそこで行われている行為 を見てしまった。片山は遠野の口をタオルで塞ぎ拳をその身体に向けて振り下ろしていた。

遠野の手は自分の身体の下に廻されているようだった。
俺の中の何かが弾けた。逆流した血が煮えたぎる。バンッ、と手に持った鞄を投げ捨てると、大声で怒鳴っていた。

「何してるんだっ!」

俺はそう叫ぶと片山の身体を突き飛ばした。片山の身体はガシャンと派手な音を立てて資料室の本棚にぶつかり床に転がった。
そして片山に組み敷かれていた遠野はシャツのボタンが千切れ飛び肌蹴られ、後手に戒められて床に横たわっていた。情事というよりこれは完全に暴力だった。

俺は頭をしたたかにぶつけ呻いている片山を蹴り上げると遠野に駆け寄りその身体を抱き起こした。

「遠野。いったいこれはどういうことなんだっ。」
俺の声は怒りで震えていた。遠野の手首の戒めを解き口のタオルを取った。そして背広を脱いで遠野の身体にかけた。青白い遠野の顔が歪む。俺は遠野を抱きし めた。そして片山の方へ顔を向けると、罵声を浴びせかけた。

「片山っ!てめえなにやったかわかってるだろうな。こんなことやってただで済むと思うなよっ。」

片山の顔も蒼白になっている。俺は腑抜けた顔で座り込んでいる片山を放り出したまま、遠野を立たせてしっかりと抱きしめ
て資料室を後にした。捜しに行った資料などもうどうでも良かった。
どうせ明日探しにきても間に合うものだった。今日取りに行こうと思ったのはほんの気まぐれだったのだ。そして俺は自分の気まぐれに感謝した。

片山があの後どうしたかなんて俺にはどうでも良かった。資料室の入り口近くのテーブルにあった遠野のコートや鞄と自分が放り出した鞄を纏めて掴むと遠野に コートを掛け直し、社外へと出た。
そしてタクシーを止めるとそっと遠野を中に入れ自分も乗り込んだ。タクシーの運転手が怪訝な顔でバックミラーを覗いている。

俺は不機嫌な声で行き先を告げると、連れが具合が悪いので急いでくれと告げた。タクシーの中でも俺はしっかりと遠野を抱いていた。俺の腕の中で遠野は震え ていた。タクシーがとまり俺は遠野の身体を支え車を降りた。この前乱暴に遠野の腕を掴んで引っ張ってきた俺の部屋へ今度は遠野を休ませるために、守るため に連れて帰った。

遠野をソファに座らせると、俺も横に座った。そして何も言わず、遠野をしっかり抱きしめた。

「ごめんな。遠野。何にも気付いてやれなくて。」
俺はいったい何を見ていたのか自分の間抜けさに腹がたった。そしていったい何が起こっていたのか、はっきりとさせておく必要があると思った。それは遠野に とって辛いことかもしれないがうやむやにしてはいけない気がした。こいつを本当に守るためにも。

けれど今は遠野を休ませる事が先だと思った。

「遠野。今夜はうちに泊まれ。」
俺は遠野の背中を撫でながら幼子にいいきかせるように言った。遠野の身体が大きく震えた。俺は溜め息を吐いた。

「大丈夫だよ。別に何かしようと思ってるわけじゃないから。傷ついてるお前をこれ以上痛めつけるような趣味はねえよ。風呂入ってさっぱりして、なんか食っ て、酒でも飲んだらちょっとは眠くなるさ。とにかく何も考えずに寝ろ。」

俺はこのままずっと抱きしめていたい気持を隠してそう言った。早く休めという割りには色々な事をしろと言っている自分が可笑しかった。俺は名残惜しい気持 でその身体を離すと遠野を風呂につれて行った。

「後で下着とパジャマ出しとくよ。下着はサイズあわないかもしんないけど新品だから。まあ、パジャマは洗ってあるから。」
俺は頷く遠野を風呂場に残し、寝室のクローゼットから着替えを出して脱衣かごにバスタオルといっしょに置いた。

あんな事のあった後じゃなかったら、絶対風呂までついていってるかもな、と自分で考えて頬が緩んだ。
キッチンで簡単な夕食の準備をしながら、俺はひとりビールを飲んでいた。遠野が風呂から出てくる頃チャーハンと卵スープが出来上がった。
料理は得意じゃなかったが、学生時代のバイトのおかげでチャーハンだけはちょっと自慢にできる。リビングのテーブルに二人分の食事の支度を並べたところに 遠野が風呂から出てきた。

「柏木さん、ありがとう。」
そう言って遠野がほっと笑った。俺はその笑顔だけでもう後はどうでも良かった。でもまだ寂しげな笑顔だった。
遠野の分のビールを出して、二人で飯を食った。

「美味しい。柏木さん。うまいね、料理・。」
「だろ。これだけは自信ありさ。」

実際遠野は本当に美味そうに俺の作ったチャーハンを食べてくれた。そして食事を終えると、洗い物をしておくから俺に風呂に入ってと言った。俺は洗い物なん かどうでも良かったが遠野の気がすむのならと、風呂に入る事にした。

風呂でさっきまでここに遠野がその裸身をなげだしていたかと思うと、性懲りもなく俺のモノは勃ちあがってきた。俺は盛りの付いた犬みてえだなとじっと欲望 を抑えた。
それでも一向に冷めないそれを仕方ないと自分で慰めた。遠野の事を思うだけで、あっけないほど早く達してしまった。情けねえと自分で自分を嘲笑った。

風呂から上ると、遠野がソファでうたた寝をしていた。無防備な寝顔にまた逆流しそうになる血液をなんとか押さえて俺は遠野をベッドに運んだ。
そっとベッドに寝かせると薄っすら瞼を開けたその顔が無防備で、可愛くて俺は遠野の唇に自分を重ねた。重ね合わせるだけの唇。けれどそれは甘やかで、俺を 満足させた。
そして離れる俺に遠野は細い両腕を伸ばしてきた。俺が疑問に思う間もなく遠野は離れそうになる俺の首に縋りついた。

「柏木さん。イヤじゃなかったら僕を抱いて。」
はっきりと遠野はそう言った。俺は間抜けたことにえっ?と聞き返していた。それほどその言葉は信じられなかった。

「遠野。お前今なにいったかわかってるか?狼に食べてくれって言ったのと同じだぞ。」
俺には遠野が自棄になっていると思った。それとも飯の礼のつもりなのか。

「本気なのか?」

何度も聞き返す俺に今度は遠野が笑いかける。張り付いた笑顔じゃなく俺が見たい遠野の笑顔だった。
もうそれは俺の限界だった。さっき風呂場で自分を慰めたというのに、俺のモノは血を滾らせていた。いそいで遠野の横に身をすべらせるとその身体の上に自分 の身体を重ねた。そしてその唇に喰らいついた。貪るようなキスを何度も重ねる。舌が絡まりお互いを吸い上げる。

その音が自分の中から聞こえていた。湿った音が身体の興奮を高めていく。舐めあうようなキスに痺れが走る。
ドクドクと身体中の血液が俺の雄に流れ込み、そこは強張って張り詰めた。腰のうずきが貪るように遠野の身体を這い回る掌にも伝わる。パジャマのボタンを外 し前を開いた。
遠野の胸の小さな突起はそこに触れられるのを待ってるかのように固く尖っていた。俺はそこに舌を這わせ、舐めた。
ねっとりとまとわり付くようになめ上げると、遠野の唇から声が漏れ出した。

「はぁ・・・ん・・・ぁ」

耳に届くその声が俺を欲望の底まで引きずりこむ。俺が男でこいつも男でその関係が許されないものだとしても。どうでも良かった。俺はこいつに欲情する。そ れだけがまぎれもない事実だった。

身体にまとわりつく布はもう邪魔だった。遠野の身体からパジャマを剥ぎ取り、俺も全てを脱ぎ捨てた。肌と肌が触れ合う熱さはこれまでに考えた俺の拘りや悩 みを反故にしていく。

その肌に掌を這わせ、唇を寄せ、舌で味わう。甘美な味わいに俺は官能を露わにした。痛いくらいに張り切って怒張した俺自身が遠野の肌に触れ擦られるのを喜 んでいる。
腕の中の遠野が俺の愛撫に身を震わせ、その唇から喘ぎ声が紡ぎだされる。官能に身を任せた遠野の細い項が仰け反って、眉根がきつく寄せられる。

遠野の中芯も勃ちあがり俺の肌にあたる。俺は身体をすべらせると、遠野のそれを口中に納めた。ビクリと身体を震わせ、身を捩る。

「ダメ・・・か・・しわぎ・・さ・・ん」
遠野が俺の頭を離そうと腕を伸ばす。その腕をはらいのけ口中の遠野を吸い上げ、嘗め尽くす。びちゃびちゃと淫靡な音をワザときかせるように・・・。

「あああぁ・・あっ・あっ・・んっ・・・」
遠野の手がシーツを掴み半身を起こして俺がその中芯を攻めているのを見ている。俺の両脇にある遠野の細い足がシーツを掻きながら膝を立てる。

その内腿を俺は乱暴に掴み遠野の後に指を這わせていく、口中から遠野を離し俺は指を舐め遠野の先走りの雫を手に取ると遠野の後孔を弄った。
ゆっくりと周りからそこに向かって指を這わす。入り口をやわやわと押し開く徐序に指を埋め中をそっとかき回す。遠野の中で俺の指は締め付けられ、柔らかい 肉襞に包まれるその感触は女の身体とも違っていた。

「はぁっ・・ぁぅ・・はっぁぁ・・・」
指を増やし弄るごとに遠野の腰が揺れ、息があがる。たえきれないように声が漏れ、それは絶え間のない喘ぎ声となり俺の耳を刺激する。

「もっもう・・・おねが・・い・・・はや・・く」
俺の肩を掴み、遠野が懇願する。腰が遠野の意識の向こうで揺れながら俺を誘う。指が遠野の箍を外してしまう。

「あああああぁ・・・そ・・・そこ・・ダ・・・め・・」
「どうしたい・・・?このままで・・いい?達く・・?」
ガクガクと顎を振る遠野のモノをギュッと掴む。

「いやぁぁぁ・・・・。」

遠野の小さな悲鳴を聞きながら俺は自分の猛りきったモノを柔らかい襞の中に穿った。その衝撃があったのか遠野はそれだけで緩めた俺の手をすりぬけるように 達した。

遠野の中は緩むことなく俺を締め付ける。ゆっくりと動き出した俺の腰に足を絡め、置いてかれまいとでもいうように、腰を振る遠野に俺の理性がもったのもコ コまでだった。
俺は何度も腰を打ちつけ俺のモノをうがち続けた。遠野の唇からは嬌声がひっきりなしに漏れ、遠野のモノからは白濁の汁が流れる。

「イク・・・イク・・もう・・・ああああああぁっっ・・・」
その声とともに俺も遠野の中に猛る俺自身から滾るものを放った。
大きく胸を上下させ、身体から力を抜いた遠野に俺は覆いかぶさるとその唇を塞いだ。激しいくちづけではなく、啄ばむように優しく何度も・・・。

「遠野・・・俺、お前が好きなんだ。」
俺の言葉に遠野が小さく頷いて、僕も・・・。と消え入るような声で答えた。その身体を抱きしめて、俺ははぁっと溜め息を吐いた。

「まるでさ、いい年した男がガキみたいに、お前の顔見るだけで勃つんだぜ・・・バカみたいだろ・・・」
俺の告白に遠野は小さく笑った。ああ、この笑顔・・・これが見たかった。

俺はもう一度抱きしめ直すと。遠野にくちづけた。

俺達はあの後ももう一度愛し合い、それから二人で風呂に入った。遠野の腰がふらついていたので、嫌がっていたのを俺が強引に一緒に入ったのだが、明るい風 呂場の明かりの下で見た遠野の身体に、今、おれがつけた赤い印ではないどす黒い痣何個も見つけた。

「遠野・・・。」
俺は一瞬絶句した。これはもしかして・・・いやもしかしなくても片山のつけた乱暴の後だった。
「何故、こんなこと・・黙ってたんだ。」
俺はつい詰問していまう。黙って俯く遠野に、お前を責めてるわけじゃないんだ。と言い聞かせ、片山とのことを洗いざらい聞いた。



遠野は中学生の頃から自分の性志向が人とは違うことに悩んでいた。そしてそれは誰にも言えず、彼の中でフツフツとくすぶっていた。
けれど高校生まではその性をそれほど意識せずに過ごせたらしい。というのも自分の周りに比較的奥手の友達が集まっていたので、ゲームやら漫画やらテレビ、 音楽といった当たり障りのない話題で学校生活をすごせたらしい。

そのことが、遠野の身に現実となって係わってきたのが、大学生の時、同級生を好きになった。もちろん相手がゲイであろう筈もなく、遠野はそのことをだれに も言われないまま胸に秘めていた。大学の3年の時、所属していたサークルの先輩にゲイの人がいた。
そして初めてあった自分と同様の性志向を持つその彼と半同棲をして、新宿のそれらの人が集まる街に行くようになり、そこで身体の快楽は求められたが、それ でも自分が本当に好きといえる人とはめぐり合わなかった。

うちの会社に就職してからは自分の性志向を知られないように過ごし。誰とも係わらず嘘の笑顔を浮かべて・・・。


けれど身体の欲求に耐えられなくなったとき、学生時代通った場所に足を踏み入れ、そこで出会った行きずりの男性とホテルに入るところを、たまたま同窓会帰 りの片山に目撃された。
片山はもちろんそのケはなかったが、会社でこの事をバラスと脅して無理やり好奇心からその身体を開かせた。

最初はそこまでのめりこむことはないと思った遠野もたかをくくっていたが、片山が性交渉以外に暴力を振るいだしてから、余計自分を隠して生きることを選ん だ。そしていつか周囲も自分も誤魔化して、張り付いた嘘の笑顔を見せ、本当の自分の心を晒さないように振舞っていた。

それを俺が殻をたたき破るように、遠野に近づき始めたのだ。その頃片山は取引先の重役の娘との縁談もあり、遠野から離れていたらしいのだが、俺が社員旅行 の時から遠野に近づき始めたのを見て、惜しくなったということだ。

なんて我侭なやつだ。俺は遠野の話を聞きながら憤慨した。そんな俺を見て柏木さんも強引だったよ。と遠野は笑った。

そしてあの資料室であった出来事の前に、俺に惹かれた遠野が別れ話を切り出してそれに怒り狂った片山が、遠野を殴りつけていたところだった。どうして逃げ なかったと言った俺に、これが終われば俺のところへ行くつもりだったと、そして片山に脅されても身体に付いた傷を盾に、別れ話を進めようと思った。と言っ た。

俺はぞっとした。もし殴られた場所が悪くてお前になにかあったら、どうするつもりだったんだ。この時ばかりは真剣に遠野に抗議した。

お前があんな嘘っぱちな笑顔を残したままもしもの事があったら、俺はどうしたらいい?俺は遠野を責めた。もっともその言葉は、遠野に愛の告白をしているよ うなものだったが・・・。

とにかく、これから片山が何を言ってきても知らん顔をしているんだ。俺が必ずお前を守ってやる。と大見得を切ってしまった。それほど俺はこいつに惚れてし まった。今まで一人で自分を隠して生きてきた分これからは俺と行こう。

俺は恥ずかしげもなく遠野に言葉を浴びせる。これでも足りないというほどに・・・。

もうあんな寂しい笑顔はするな。
と遠野に囁き、そして最後にこう付け加えた。


それから、あんな色っぽい後姿は俺の他には見せるなよ・・・と。

                            
                      FIN


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